今でも忘れられない恋【思い出の中の人】

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①燃え上がる恋愛編

昭和 46年代のみなさま!お待たせしました。(若い方には微妙かな><!) 私の若かりし頃の大切な大切な多分人生で一番燃え上がった恋の物語。それでは早速エピソードを!
※お時間がない方は、 一番下の 【簡記バージョン】をご覧ください恐らくびっくりすると思います。

【エピソード】
私が当時 25 歳の時に運命人ともいえるOさんと出会いました。 余談ですがなんとこの年、私は1月、 2月、3月と3回もインフルエンザにかかってしまうことになります。 後にも先にも、 インフルエンザを1年で3回もかかるなんてありえませんでした。 そして、 この3回もかかったことが、 私とOさんを引き合わせることとなります。

Oさんとの出会いは、 職場の近くのクリニックにインフルエンザのため受診したときのことです。 Oさんはこのクリニックに勤務している看護師でした。

(最初の受診)
院長先生に症状を診てもらい、 見事にインフルエンザが確定! 別室でOさんに注射をしていただき、 お薬をもらって終了。 いたって普通の流れでした。

(2回目の受診)
1月初めにインフルエンザにかかり、 せっかく調子が良くなったと思った2月の初め。 またも熱が上がり、前回同様職場の近くのクリニックの院長先生に症状を診ていただき、またも見事にインフルエンザ
が確定!別室でOさんに注射をしてもらいました。 しかし・・・・・・

今回受けた注射が少し痛かったので、 ちょっと痛そうな顔をしたら 「ごめんなさい。 痛かった?」 とやさしく言われました。 そして、 「先月もインフルエンザで来院されましたよね?」 と話しかけられ、 「そうなんですよ。2回もかかるなんてはじめてです。 本当にアンラッキーで。」 などとたわいもない話をしながらも(凄く美人な方だな~)と思っていました。

(3回目の受診)
なんと信じられないことですが、2月初旬にかかったインフルエンザも、 月末にはだいぶ良くなっていたのにも関わらず、 またも3月の初めに熱が上がり前回同様職場の近くのクリニックの院長先生に症状
を診ていただき、 またも見事にインフルエンザ!別室でOさんに注射をしてもらいました。

今度は私の方から話しました。 「まさか3か月連続でインフルエンザにかかってしまうなんて、 どれだけ体が弱いのか。情けないです。 院長先生も、 私を診ているとき、 こんな風に首を傾げていましたよ。 (なぜ3回もかかるんだ? と疑問に思っている仕草で^ ^ )」

Oさんは笑ってしまって、 なかなか注射ができずに、 いつもよりも長い時間お話ができました。 そして無事に注射が終わり、 病院の待合室で会計の順番待ちをしているときに、 私はこんな風に思いました。 (またOさんとお話ししたいな・・・・。流石にもう春になるからいくらなんでも風邪は引かないよな・・・・

そして私はふと考えて、 待合室でノートの端を切り取って、自分の名前とPHS(当時は携帯は高かったのです!)の番号を急いで記載し、「よかったらもう一度お話ししたいので、 お電話いただけませんか」と日載して小さく織り込んだものを手に持っていました。渡せるかな・・・とドキドキしていたことを今でも覚えています。

そしてクリニックの受付でお会計です。 自分が呼ばれました。なぜかその時に、 看護師であるOさんが受付に来ました。そしていつもの事務担当の方ではなく自ら会計をやってくれたのです。周りにはあと 2名ほど職員の方がいたと思います。

私はその時、受診料のお金を支払う瞬間、例の小さく織り込んだ紙を指に挟んでおいて、 お金と一緒にOさんに渡しました。 カルトンがあるのに手渡しです。Oさんはそのままお金を手で受け取り、数秒後「ハッ」とした表情をして、 そのまま何事もなかったかのようにお釣りと領収証を私に渡しました。

私は病院を後にして、 我ながら随分度胸があるな~なんて思いながら、 電話来るかなと思いつつ、 まずこんなふうにいきなり渡されても、電話なんて来ないよなと思いながら、自宅に帰った後、寝室で休んでおりました。そしてその夜・・・・

私のPHSに着信が入りました。あれ?見たことない電話番号だぞ? そうです。なんとOさんから電話がかかってきたのです。 私は薬のおかげで熱は下がっていましたが、一気に熱が上がってしまったよう
な覚えがあります。 いったい何を話したのか全く覚えていません。その後私は、なんとOさんと食事に行く約束を取り付けることに成功したのです。

さて、元気になった私は、 お互いの職場付近で、 自分の一押しの少しおしゃれな居酒屋を第1回目のデートの場所にしました。 Oさんはもともと美人なのですが、 私服だとさらに美しく、 心の中はとても舞い上がっていました。

3回もインフルエンザになったことや、院長先生が私を診ているとき、 なぜ3回もかかるんだ? と疑問に思っている仕草をもう一度実演して二人で大笑いしたり、 本当に楽しかったです。

2回目もお気に入りの同じ店飲みに行きました。 カウンターで二人となり通しで仲良く飲んでます。 その時は、Oさんの方から、 今日大変な患者さんがきてクリニックがたいへんだった!という話を聞きま
した。その時のOさんの話を!

「今日来た患者さんが凄かったの!南京虫だらけで・・・もう何日お風呂に入っていないのかわからないような方で、受診が終わった後、 クリニック中消毒して大変だったの!」
南京虫とはいわゆる 「シラミ」 です。 よっぽど不潔にしないとシラミなんて湧きません。 また、 人の血を吸うので凶悪な昆虫です。 それを知っていた私は、話終わったOさんを見ながら、 「え~~そんなことがあったの!!! !」っと非常に驚きながら、少しずつ少しずつ離れていきました(ワザとです^^)

するとOさんは、 「え~~酷い(´Д` )ちゃんと消毒してますよ>Ⅱ<」っと半分叫び声で私を引き戻しました。私の演技の勝利です (^^) 正直言って私はかなり幸せでした! そして勇気を出して、 3回目のデートの約束を取り付けます。 当時自分の趣味だったミュージカルに誘ってみました。 なんとこれもOKをいただけたのです。

3回目のミュージカル。二人で見て本当に最高でした。見終わった後、 ちょっとおしゃれなレストランでの食事を終えて、少しほろ酔い気分で後は帰るだけという感じです。 ところが時間も少し遅くなっているのに、喫茶店に入ろうと言ってきます。

食事終わって、こんな時間に喫茶店??? でもまだいろいろお話したいからこれもありかな~と思っていましたが、なんと悲しいことを告げらえてしまうのです。

二人とも席について紅茶を頼んだあと、Oさんがなぜかとても悲しそうな顔をしています。 心の中で、 なんで泣きそうな顔しているんだろうと思いながら私はとてつもなく嫌な予感がしてきました。 その予感は的中ではなく、想定外に強烈なものだったのです。

「ごめんなさい。本当はもっと早く話さなきゃと思っていたんだけど、 実は私、 婚約を破棄したばかりなんです。結婚直前で式場もキャンセルして・・・・・

「本当はもう男性とお付き合いするつもりはなかったのですが、お手紙をいただいて、私もお話してみたいと思ってつい連絡をしてしまって。そしていけないとは思ったのだけれども、ついつい楽しくて何度も今までお会いしてしまいました。でももうこれ以上あなたとお会いすることはできません。 ごめんなさい。」

私は言葉がでませんでした。最後に言えたのは、 「実は次のミュージカルのチケットも取ってあるんだ。もし気が向いたら○月○日○時開演なんだけど、 今日と同じ場所で待ち合わせを」 これだけでした。

Oさんは、「ありがとう。でも多分行けないと思う。」 と言い残して、 そのまま無言になりました。 その後どのように別れたのか覚えていません。
数日後、最後に私はOさんに直筆で手紙を書きました。その内容は、 好きだ! とか、 愛している! とかそんな内容ではなく、 「Oさんの心が落ち着いたら、連絡をください。待っています。」 こんな内容だったと記憶しています。 そして私は、1年間待ってみようと思いました。

とうとう連絡は来ませんでした。 今思うと、 きっとOさんは相当深く心に傷を負っていたのだと思います。それはそうですよね。 あの当時で婚約破棄なんて、今でも強烈ですが、親に勘当されてもおかしくありません。式場キャンセルしてまでなんて相当な事件が起こらなければ、今では全く想像もつきませんが、我々の信じられないことが起きたのでしょう。

ただ、私は一つだけ良かったんだと思うようにしています。 そんなに深く傷ついたOさんでしたが、たったの3回でしたが、ほんの一時、辛い思い出を忘れて、楽しい時間をプレゼントしてあげれたのかなと思っています。きっとOさんの心の中に私は刻まれたのかな。

願わくばOさんの心を救ってあげられる素晴らしい人に出会っていればいいなと、 今では本当に思っています。私でなかったのが残念ですが。昭和46年代のみなさん!こんな悲しい恋愛物語!心に残ってい
ただけましたでしょうか。

5 簡記バージョン
私が25歳の時にインフルエンザに3か月連続3回かかる。その時に知り合った看護師の方に、PHSの番号を渡して見事にデートに誘うことに成功!2回食事をして3回目でミュージカル!完全に恋人同士になれると思った瞬間、実はOさんは婚約を破棄したばかりで、 結婚式を直前でキャンセルしていることを告白。
そんな中私には悪いと思いながら、ついつい楽しい時間を過ごしたため、ずるずると付き合ってしまった。自分はもう結婚を考えられないので、 恐らくもう男性と付き合うことはないと告白を受け、 人生最高の瞬間から一気に絶望へ変わった昭和 46年生まれの兄の悲しい思い出の1ページ。

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