赤城が亡くなった知らせを受けてから間もなく令和大学病院を辞めた麻衣は、しばらくなにも考えることができない状態が続きました。麻衣の両親はとても心配し、話しかけても返事がなく、食事を勧めてもほとんど口にすることはありませんでした。
そんな麻衣の状態を聞いた赤城の先輩である橋本が突然訪問してきました。そして麻衣の両親に対し、自分のクリニックで看護師として働かないかと相談を持ち掛けたのです。 当然麻衣の両親は大反対しました。
それはそうです。 麻衣は、人と話すことはもちろん、ほとんど食事ものどが通らず、麻衣の両親から見れば病人と同じ状態です。とても働くなどましてや人の命を預かる看護師などできるはずもないと思ったのです。 これは誰が見ても同じ考えになるでしょう。 しかし橋本だけは違いました。
橋本は麻衣の両親に対して言います。「麻衣さんに今必要なのは、きっと生き甲斐だと思うのです。 赤城を失った深い悲しみは、私には到底理解できるなど言えるものではありません。しかしこれだけは分かるのです。もし赤城が今の麻衣さんを見たら、どれだけ悲しむか。 赤城が愛した麻衣さんは、 看護師という人の命を救う仕事にひたむきに打ち込んでいる。 そんな麻衣さんだったはずです。」
麻衣の両親は、 橋本の言う事理解できるものの、今の麻衣の状態を振り返ると、 とても首を縦に振ることはできませんでした。そこで橋本は麻衣の両親に頼みます。 「麻衣さんと少しお話をさせてくれませんか。」
橋本は、麻衣の部屋に訪れます。 後ろには、心配そうに見守る両親がいます。橋本は麻衣に対して話を切り出しました。「麻衣さん久しぶり。赤城の同僚だった橋本だよ。覚えているかい?」麻衣はすぐ反応しました。橋本は赤城が慕っていた先輩で、麻衣自身もいろいろとお世話になった方でした。
橋本は話を続けます。 「麻衣さん。赤城のためにしてほしいことがあるんだ。」麻衣は「赤城」の名前を聞いた途端、 橋本をまっすぐに見つめます。「麻衣さん単刀直入に言うよ。 私のクリニックで働いてほしい。もちろん看護師として。明日からでもいい。ぜひ来てほしい。」
橋本はさらに続けます。「これは麻衣さんのためでもあるし、他でもない赤城のためなんだ。」
橋本は麻衣を見つめて更に付け加えます。「赤城愛したのは、看護師という人の命を救う仕事にひたむきに打ち込んでいる君であって、今のように腑抜けた君じゃない。もし目の前に赤城がいたら、今の君を見て絶望するだろう。本当にそれでいいのか?」
麻衣は、目から涙が溢れ出てきます。そんなこと言われたって、頭で分かっても、心が動くはずがありません。 なぜなら赤城はもう目の前にいないのですから。 橋本は、そんな麻衣の姿を見て1通の手紙を渡します。これは赤城が橋本へ宛てた air mailでした。麻衣はすぐに手紙を読み始めます。
橋本先輩
大変ご無沙汰しております。 この手紙が届くころには、既に私の命はなくなっているでしょうね。先輩なら院長から既に僕の置かれている状況、もうご存知のことと思います。 先輩に一つお願いがあって手紙を書きました。もう僕には時間がないため、先輩にしかお願いできません。
他でもない麻衣のことです。 きっと彼女は、僕が死んだあととても悲しむと思います。 また、もしかしたらとても後悔をするのではないかと思います。 自分を責めるかもしれない。だから僕が死んだあと、彼女には新たな生き甲斐を早く見つけてもらわなければいけないと思っています。
先輩。きっと僕が死んだら、麻衣は大学病院をそして看護師を辞めると思います。でも彼女から看護師の仕事がなくなってしまったら、それこそ生き甲斐がなくなってしまう。先輩、もし麻衣が看護師を辞めてしまったら、先輩のクリニックで看護師として雇ってあげて欲しいのです。
先輩の力でもう一度、麻衣に、生きがいを思い出させてほしいんです。看護師として人の役に立つ、人の命を救う手伝いする。 麻衣が看護師として病院で働くことが、麻衣のために一番のことだと思うのです。麻衣のことをよろしくお願いいたします。先輩、麻衣に、患者のために尽くしている君の姿が一番好きだったと伝えてください。
麻衣は涙を流しながら手紙を読み、読み終えるころには泣き崩れていました。そして橋本はしばらく麻衣のことを見つめていました。
しばらくして麻衣も落ち着いたころ、 赤城はもう一度切り出します。「赤城の気持ちわかってくれたかい。うちのクリニックで看護師として働いてほしい。」そして麻衣は力強く「よろしくお願いいたします。」こう返事をしたのでした。
(第4話に続く)
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