【1章】母イザベルの人生の選択②
イザベルは母になることを選びました。選んだつもりでした。しかしまだ心がグラついていることは自分自身一番理解しています。まだ心の底から悩んでいることも承知しています。新しく宿ったこの命。時間が経つにつれて母になる気持ちがどんどん強くなります。女性なら当然の感覚といったところでしょう。
一方でイザベルには、子どものころから抱いていた医師になるというとても大きな夢があります。今のイザベルにとっては、あと数年間の努力で医師になるという夢が叶うところまで来ています。このとても大きな夢も、簡単に諦められるようなものではありません。
今のイザベルにとって、子供を産み、育てながら医師を目指すことは不可能です。というのもイザベルは学費を自分で働いて工面しているため、赤ちゃんを育てながら働き、そして学業もとなるととても無理な話です。当然のことながら、夢を選ぶか子供を選ぶか。そんな究極的な選択を迫られていることを十分に理解しているイザベルでした。
本当のところ、イザベルは既にどうするのか決めていました。決まっていたというほうが正しいかもしれません。そして心の中の言葉が、イザベルが気付かないうちに声となって出ていました。「私は仮にも医師を目指した。子供の命を奪うことなどできるはずがない。」
イザベルは改めて母になる決心しました。この子を産もうと。「神様から授かったこの子と共に生きよう・・・・」イザベルはまだ19歳ですが強く決意し、そしてこの瞬間、イザベルの無限の可能性の多くを失うことになることを既に覚悟していたのでした。
一夜が明け、今イザベルはとても不安な気持ちを抱えていました。そうです。愛するロランドに、子どもが出来たことを打ち明けなければならないからです。ロランドは一体どんな反応をするだろうか。喜んでくれるのだろうか?それとも・・・・・・・。
もしかしたら拒絶されてしまうかもしれない。そんな不安で胸が締め付けられる思いでした。そんな気持ちのまま数日が過ぎ、いよいよロランドに打ち明ける時が来ました。イザベルは意を決して伝えます。目をつぶって下を向いたままロランドの顔を見ることができません。そして・・「ロランド。私・・・あなたの子供ができたの・・・。」
決意とは裏腹に、なんとか振り絞ってやっとでた小さな声で。イザベルは恐る恐る目を開けてロランドを見ます。するととても驚いたロランドの顔が目に入ってきました。(やっぱり拒絶されてしまうの??)そう心の中で思った瞬間、イザベルが本当に欲しかった言葉を聞くことができました。
「イザベル!俺と結婚してくれ!いや、絶対に結婚してほしい。この子のためにも!もう君なしでは生きていけないんだ。」そう言ってロランドは強くイザベルを抱きしめます。イザベルの目の溢れんばかりの涙が、いつのまにか頬を伝って流れていきます。
(私はロランドとこの子とともに生きる。これが私の最も望む幸せ。)間違いなくこの瞬間に世界で最も幸せな女性になっていることに一切の疑いを持っていないイザベルでした。「ロランド・・・・私もあなたなしでは生きていけない。」イザベルからやっとの思いで出てきた言葉です。
ロランドはイザベル見つめ、そっとキスをしました。そして「必ず君とお腹の子を幸せにして見せる。」そう言うと再び強く抱きしめたのでした。(私はなんて幸せなんだろう。なんで今まで迷っていたんだろう。幸せは約束されていたのに。)今のイザベルには一切の迷いが消えています。
「イザベル、今度君のご両親に挨拶に行くよ。君もうちの両親に改めて紹介したい。もうすぐにでも君と結婚したいんだ。1秒だって君と離れたくない。」イザベルは少し恥ずかしそうにしながらも小さな声でつぶやきます。「私も・・・」これからどんな試練が待ち受けているのか想像もしない二人でした。
コメント